日本では戦後、急激に人口が増えた。その増えた人口は、1970年ごろまでは中心市街地に住んでいた。しかし1960年代から郊外にニュータウンが開発されるようになり、人口が徐々に郊外へと移動し始め、1990年ごろからは、中心市街地の衰退が問題視されるようになった。

1970年ごろまでは人口が増えると、中心市街地の人口が増え活況を呈していたが、同時に住居問題が顕著になってきた。しかし日本は地震対策のためにほとんどが「木造建築」のため、「高層化」が出来なかった。

木造建築で高層化をしようとすると、「構造(=重さや揺れに耐えられるか)」と「消防(=火災や延焼対策)」が問題になってくるため、現実問題として当時の技術では実現できなかった。

そこで出てきたのが「郊外のニュータウン開発」だ。構造や消防の問題を考える必要がなく、しかも一人当たりの居住面積を増やすことができる。一石二鳥のアイデアで、 1962年に日本で最初の大規模ニュータウンである千里ニュータウンの入居が開始され、1971年には東京近郊の巨大ニュータウンである多摩ニュータウンの入居が始まり、大きな人気を呼んだ。そして1983年にはTBSドラマ「金曜日の妻たちへ(金ツマ)」が大ヒットし、ニュータウンへの憧れを助長し、郊外化が更に進行した。

だが郊外化は、中心市街地の人口減少と衰退化を生んだ。一方のニュータウンも、現在は子供が巣立ってしまい、世帯数に大きな変化は無いが、人口が減少し、高齢化が極度に進み、「限界ニュータウン化」している。

ニュータウンは入居開始時から、同世代が、同時に大量に入居したため、世代が極端に偏っている。そして現在、同時に大量に高齢化してしまった。やはりニュータウンという形態は、持続可能な居住形態ではない。

今更遅すぎるとは思われるが、我々は「郊外化」以外に、都心の住居問題を解決する方法が無かったのだろうか?